宮城県のAさん

仕事を終え、週2回いつも通りの20分コースをバイクで走らせて帰ってくる息子。
この日平成24年6月8日もいつものコースであと2キロも走れば家に帰ってくるはずだったのに…
警察から連絡が入り、事故で病院にいるということでした。しばらく待ったあげく、思いもよらぬ死亡と医師に告げられたのです。あまりの驚きに言葉も涙も出ないまま、何が起きてこんな状況になっているのかわからない状態でした。相手の上司が報告を受け病院にきて「コンビニから出てきた車に気を取られていたようで」と話していたというのです。
葬儀を終え、警察から事故状況を聞いたところ〝相手の完全なる前方不注視″と説明されました。

相手の運転手に事故の事実を教えて欲しいと言ったのですが何も話さない。きっと言えば自分が不利になると思ったのか、何か事実を隠そうとしているのか事故の原因について疑いを持つようになりました。
事故の補償については最初、相手方の会社と保険会社で話を進めていましたが、ある日、相手方が弁護士を立ててきて私共は何も解らないまま、対応する事になりました。事故の刑事的な結論も出ないまま、事故から1年がたって検察庁から呼び出しがあり「バイクのウインカーが点灯していたか」が最重要視されました。検察官はドライブレコーダーがあったことも確認しておらず、急に警察から取り寄せ、10分も見たのか、ウインカーが確認できないということでトラック運転手は不起訴。事故現場は、鋭角に曲がる交差点で大型バイクでは大きく曲がらないと曲がれない場所です。また、息子は日頃から安全運転をしているのでウインカーも点けず急にトラックの前で左折する事はないはずと思いました。何故か事実ではないと感じました。

親バカと思われるかもしれませんが、息子は大型バイクの免許を取得するためにいつも安全運転に心がけていました。交通違反をすると憧れの大型バイクに乗るための免許が取得できなくなる事を気にして車を運転する時も安全運転でした。大型バイクを購入する時も震災を挟んで2年間も食費・衣服等を節約しやっと自分で貯めたお金で購入したものです。いつも車庫で点検をしたりバイクを磨いていました。親の私にさえ触らせてくれない程、バイクに愛着を持って乗っていました。 福祉の仕事での送迎もしていたので、人を乗せた自動車の運転は急発進急停車もなくいつも快適でした。母親の心配に「ハーレーは車高が低く安定しているから大丈夫!」と言い切っていました。
そんな息子が事故を起こすとは信じられません。

相手の雇用先会社の安全管理もいい加減なものでした。親としては、事故の事実を知りたかっただけで、過失の割合なんてどうでも良いと思いながらも息子は決して悪くないと心では思っていました。また、息子の事故の原因が解かればバイカーの事故、自動車を運転する者の事故を防げると思ったからです。刑事判断も終わり、相手方の運転手も若く将来性がある事で当方としては争う気はありませんでした。それを良いことに相手の弁護士は、トラックの補償を求めてきました。当方の感情を荒立てる事となり、当方としても弁護士にお願いし、民事として争うこととなりました。相手の保険会社と弁護士が過失割合を出してきたのは40:60でこちら側の過失が高く提示してきたのです。交差点の判例図を表示し、ウインカーが点灯していないことと大回りしたことが重視されていました。ドライブレコーダーから見れば完全に左よりを走っていないが、直近左折で大回りしたわけではありません。こちらはこの判例図がこの事故に当てはまらないこと、その日の日報の提示を要請するも日報はその日の前日までは存在するが事故当日はトラック運転手が記録媒体を家に忘れトラックに乗車し勤務したとのことで未提出なことを主張しました。

こちらの弁護士に、後にウインカーの点灯の件に関しては、ドライブレコーダーから点灯していた事を証明して頂きました。残っていたのは、大回りの件でした。そうしている間に4年の月日が経ち、民事裁判における内容に納得しない中、ある時テレビで見た事故鑑定人を思い出し、弁護士に綾田氏の話を相談したところ、今回の件について依頼をお願いしてもらう事になりました。
綾田先生は早々に承諾してくださり今回の事故の鑑定をして頂く事に。実際に息子のバイクの傷、ミラーやスタンドの倒れ方の見分をした後、現場でドライブレコーダーの画像と照らし合わせ、距離の計測を緻密に行って頂きました。その結果、今回の事故は交差点内の事故ではなく、更に息子のバイクが大回りした事が原因の事故では無かった事を証明して頂きました。相手の緩慢とした運転、スピード超過が意見書として私たちの手元に出来上がってきたときは、私たちが思い描いていた通りの状況が、明らかになったことに安堵感と嬉しさがこみ上げてきた。

まだ、民事の結果は出ていませんが、親として息子が安全に運転をしていた事が解っただけでも綾田先生にお願いして良かったと思っています。しかし相手方の一方的な判断、事実を隠そうとする事に対しては、腹だたしくてなりませんし、無謀な運転により亡くなった息子は帰って来ません。綾田先生は、親身になって話を聞いてくださり、また、現場の状況等から4年もたってからの事故でも事実を究明してくださいました。綾田先生には本当に感謝しております。
今回の検証を踏まえ、全てが今回の様な運転をする方とは思いませんがトラックの運転をされるドライバーの方には、安全運転で息子の様なバイクの事故が無くなる事をお願い致します。
綾田先生、本当にありがとうございました。

埼玉県のある依頼者談

ある日、妻が事故に遭いました。妻の乗る自転車が、交差点で信号を渡り切り、そのまま左側を直進していたところ、後ろからやってきた自動車が接触したのです。車体の左側面が自転車に当たり、自転車がバランスを崩し、妻は道路中央方向へ転倒しました。幸い後続車はいなかったのですが、転倒によって粉砕骨折し、のちに二度の手術をする大怪我をしました。

相手側は、「こちら(車側)が悪いのでなんでも保険会社に言ってほしい」と述べており、相手保険会社も、「こちら側(車側)が治療費を含めた損害を補償します」と述べていたため、事故の補償にかんして、当初は甘く見ておりました。ところが、相手保険会社がリサーチ会社を入れ、そのリサーチ会社のレポートが仕上がった段階で、突如、妻の自転車のほうに過失がある、と主張してきたのです。

突然「妻の自転車側に過失がある」と言われ、当然のことながら納得することはできません。いったいなぜそのようになってしまったのか、理由もまったくわからないのです。私たちは、記憶の曖昧な警官への聞き取り調査により、リサーチ会社の恣意的な誘導尋問が行われたのではないか、と推察しました。なぜなら、事故を見聞した担当警官は、事故の後に連絡をとった時点でも、「事故のことはよく覚えていない」と言い切っていたからです。実際、事故調査の図面そのものに間違いが多く、相手側の主張そのものに矛盾点が多いなど、リサーチ会社のレポートはずさんなものでした。実際の事故の場所は交差点をずっと過ぎたところであったのにもかかわらず、レポートでは「交差点内の事故」として扱われ、実際には妻は後ろから来た車に衝突されたのにもかかわらず、レポートではむしろ妻のほうから車の側面に突っ込んだとされていたのです。

しかし、自転車の側から自動車の側面に突っ込んだのであれば、「前輪」が破損するはずです。しかし、前輪にはまったく損傷がありません。しかも、車の側面のキズは、前輪の高さとはまったく異なる箇所に付いているのです。つまり、客観的な事実はまったく無視され、警察官のあいまいな記憶を都合よく「活用」したレポートが作成されていたのです。

この社会的不正義に強い憤りを感じた我々は、「誰かがこう言った」「いや、このように言った」という主観的なものではなく、あくまでも客観的に事故の分析をしてくださる機関はないものだろうかと、インターネットなどを利用して、全国の調査機関の存在を調べました。そこで、「鑑定機構 綾田成樹事務所」を知るところとなりました。主観を排した客観的な事実調査で事故の実態を調べるという理念に深くうなずき、わらにもすがる思いで連絡をとったところ、直接電話に出てくださった綾田先生が、「事実を明らかにします」とおっしゃってくださいました。すでに事故から長い期間を経ていましたが、ご快諾いただき、我が家では久しぶりに光明を見いだし、気持ちが和らぎました。

実際に現場に来てくださった綾田先生は、交差点の広さ、道路の幅、自転車の大きさ、高さなどを、何度も入念に調査なさいました。緊張する我々に対してずっと笑顔でご対応くださり、「このような方にここまで丁寧に見ていただけるなら、どのような結果が出ても納得できる」と感じたものです。妻は、リサーチ会社によって事実が大きく歪められたことにずっと落ち込んでいたので、綾田先生の調査とお人柄にふれて、久しぶりにほっとした様子でした。

事故当時の相手自動車の写真も得て、キズの高さ、大きさ、付着物体などを丁寧に検証してくださいました。そして、あらゆる物的証拠を集め、その物的証拠のみで検証を重ねた結果、「左側を直進する自転車に、後ろから来た自動車が接触してきたものである」という結論が得られました。鑑定の結論に至る過程では、あくまでも「物的証拠」の観点で、保険会社側が提示してきたレポートの中での複数の矛盾点も指摘していただきました。

先生の鑑定結果を拝見した際は、心から安堵しました。それまで、「事実」を認証してくれる第三者がまったく存在しなかったため、妻は長い期間不安でいっぱいだったと思います。私は、妻が大怪我をさせられただけでも言いようのない憤りを感じるというのに、しかもこちらに過失があるという、いわば虚偽のレポートまで作成され、「大資本の保険会社が相手であると、これほどまでにいいようにされてしまうのか
という不正義を痛感しながらも、どうすることもできずにおりましたので、経験と技術を駆使し、「事実」を明らかにしていただいた綾田先生には、感謝の気持ちでいっぱいです。

多くの方に、このような事故が起きないことを願っておりますが、もしも何事かが起きた時には、写真を撮っておくなど、できるだけ多くの証拠を集めておくことをお勧めしておきたいと思います。綾田先生にご依頼をなさる際には、主観的な意見ではなく、何も言わない「モノ」が最も雄弁に事実を語ってくれます。

最後になりますが、綾田先生、本当にありがとうございました。相手側との交渉は今しばらく続くと思いますが、先生のおかげで、不利な立場が挽回できそうなだけでなく、心が救われました。

滋賀県のある依頼者談

私の父は三年前にバイクによる交通事故で亡くなりました。享年42歳という若さでした。
夜勤からの帰り道、見通しのよい交差点に進入した際、対向車線から右折してきた車に衝突し、救急車ですぐ病院へ運ばれましたが、2時間後に亡くなりました。助かってほしいという気持ちも裏切られ、父は家族の目の前でこの世を去りました。しかも対向車の運転手は80歳を超える高齢者で、その高齢者は「信号は右折可能の矢印が出てたので右折した。対向車のバイクは赤信号のはずだから信号無視したのはそっちです。」と警察の事情聴取で父に過失があるように話していたのを聞いて愕然としました。父は生きている頃から「事故だけには気をつけろ」と何回も私たち家族に言っていたのを今でも覚えています。その父がなぜ信号無視をして交差点に進入しなければならなかったのか。しかもバイクで事故を起こせば怪我では済まないことは誰にでもわかります。そんな自殺行為をする理由など到底ありません。ましてや事故から1ヶ月半後に私の結婚式が予定されていたので、なおさら納得できる供述ではありませんでした。

そして事故から2ヶ月後、義兄に相談したところ、知り合いに弁護士がいるとのことで紹介をしてもらいました。弁護士と話し合いをした結果、「供述は明らかに加害者側が有利になるような内容である。裁判で真実を明らかにし、亡くなったお父さんのために勝ちましょう」と言っていただき、裁判をする決意をしました。

しかし、裁判が始まり話し合いを進めていく中で、事故時の信号の色が争点となり、関係者や通報者から話を聞きましたが事故時の信号の色を見た人はおらず、有力な情報は得られませんでした。ある日弁護士から連絡があり交通事故鑑定のエキスパートである綾田先生の紹介をしていただき、今回の事故の鑑定をしていただくことになりました。綾田先生は「亡くなったお父さんのために真実を明らかにする事故の鑑定をさせてもらいます」とおっしゃっていただき、事故現場の検証、信号サイクルでの青信号の割合、関係者を交えての事故の鑑定をしていただき、裁判に勝てる一筋の希望を持てました。そして判決の日、裁判官が読み上げた内容は私達の期待を大きく裏切る形となりました。「過失割合85対15」と裁判官が読み上げ、私達は敗訴しました。後日、裁判所から届いた判決書を読むと、加害者の供述は不可解な点もなく十分信用性がある。逆に原告の提出した準備書面は物的証拠として認められない。との内容でした。私達は大きく落胆しました。

ですがこのままでは亡くなった父が報われないと思い、高等裁判所への控訴を決意しました。高裁の裁判官は地裁の裁判官と違い、この交通事故に関して大変親身になって話し合いをしていただきました。裁判官は加害者が80歳を超える高齢者であること、事故直後の加害者の行動が不可解な点など、加害者の供述が100%信用出来るものでない。逆に被害者は42歳という若さで一家の大黒柱であること、信号無視をする理由が明確にないこと、バイクで事故を起こした時の生命の危険性など、この交通事故裁判でしっかり話し合いをしなかった地裁、加害者側、被害者側を一喝しました。そして2度話し合いをした中、綾田先生にも再度意見書を書いて頂き、鑑定人から見た事故の痕跡に関する意見、被告側の提出した準備書面に誤りや不整合が多々あることや供述内容で不自然な点が多いことなど様々な意見を書いていただいた結果、最終的に50%対50%で相手保険会社と和解することが出来ました。裁判に勝つことは出来ませんでしたが、お互い納得した形で裁判を終えることが出来ただけでも一歩前進だと感じています。

裁判から約2年、相手に過失を認めてもらえたことで、亡くなった父も納得して成仏できると思います。私達の傷はまだまだ癒えませんが、これからは残された家族で父の分まで頑張っていこうと思います。綾田先生は私達のために全力で事故の究明をしていただきましたし、生きる希望の光を与えていただき大変感謝しております。長い間ありがとうございました。

依頼人の声1

依頼者談
私達の大切な家族が交通事故に遭いました。その家族は、天気の良い昼間、見通しの良い道路を自転車を押して渡っている途中、右側から走って来た車と衝突して亡くなりました。どうして故人は亡くならなければならなかったのでしょうか?相手は、「出てくるとは思わなかった。」と話すだけで、止むを得ない出来事のように言われました。私達には、まるで故人が悪いから事故が起こったかのような言い分にとれました。

事故から3ヶ月が経ち加害者の保険会社の方が現れ、保険会社の言うことでは、直前横断により故人にも25%の過失があるということでした。私達は、なぜ故人に25%も過失があるのか疑問で、相手を許せない気持ちでいっぱいでした。故人は何も言えないので、故人の無念さを考えたときにどうすればいいのか判らなくなりました。

そんな折、職場の上司に弁護士を紹介していただきました。その弁護士と一緒にもう一度、当時の事を振り返ることにしました。やはり、加害者がきちんと前を見ていたなら事故は避けられていたであろう、人影を見た瞬間に速度を落としていたなら止まれたであろうという思いが強くてなりませんでした。しかし、私達は交通事故の専門家ではないので、どのような形で事故が起こったか正確に再現することはできません。

そこで、弁護士から鑑定機構を紹介していただきました。鑑定機構の綾田先生は、事故現場までかけつけてくださり、「中立公平で、残された痕跡から事故状況を明らかにしていきます。真実は一つです。周囲の人で事故状況、当初の事が判る人がいたら、もっと真実に近づく事ができます。」とおっしゃられました。そして、綾田先生による詳細な現場検証や付近への聞き取り調査などを基にした山岸先生の鑑定から、衝突時の推定速度が時速60kmを超えること、そして加害者が路側帯にいた故人を確認したのは実況見分調書よりかなり遠い地点であったということが判明しました。この鑑定を拠り所として、弁護士が保険会社と再交渉した結果、故人の過失割合を5%(加害者の著しい過失)にすることができました。

最愛の家族を亡くした悲しみはなかなか癒えることはありませんが、今回の交渉結果により、故人の無念が少しは晴れたように思います。そして、故人の思いを汲んでもらえた交渉結果が出たことで初めて、私達は視線を将来に向けることができるようになりました。綾田先生、山岸先生、本当にありがとうございました。
 
担当弁護士談
実況見分調書を基礎に鑑定する鑑定人が多いなか、「すべてをゼロの視点で見る」という理念のもと,自らの手で新たに現場検証をする鑑定人は少ないのではないでしょうか。先入観を排し事実だけを見ることは,鑑定だけでなく弁護士の業務においても極めて重要です。綾田先生・山岸先生の先入観を排し、あくまで真実を追求する真摯な姿勢に,当職も大いに触発されました。また,鑑定が必要となった際には,是非お願いしたいと思います。