サムライ放談5・・夏山

 今年も夏山シーズンとなり多くのハイカーが百名山などに登っている。また近年、中高年が気軽に山登りを楽しんでいるようであるが、果たして「自然と対面できる心身が出来ているか」が疑問であり、中高年の登山ブームに便乗し気軽に観光地めぐりのような感覚で山に向かうことは危険である。自然というものには妥協がなく「何とかなる」と考えて山に向かうならば余りにも軽率であり、結果的に多くの人に迷惑をかけてしまう。
 私の住んでいる会津地方にも大小の名山があり登山する人も多い。かつて、会津と新潟を結ぶ山越えの「八十里越え、六十里越え」では難所が多かった。先人たちは、交流や生活物資などを運ぶために命がけで越えたのであり、現代のように遭難してヘリコプターでの救出もなければ携帯電話での連絡もできない状態であったことから非常時のために体を鍛えたのである。このような先人たちの心構えを中高年の登山者も教訓にすべきであり、自らの体力を考えて、さらに「人としてハイカーとして」もマナーを守ってほしい。

サムライ放談4・・交通医学

 私は先般、「脳脊髄液減少症患者の集い」に参加する機会を得た。参加された患者さんは「頭痛、頚部痛、めまい、倦怠、不眠、記憶障害」などの症状を訴えて、そのほとんどが交通事故での受傷が基ではないか、それ以外に人体に相当する衝撃を受けた事象は見あたらないとの声が多かった。
 このような脳脊髄液減少症を含めた軽度外傷性脳損傷や高次脳機能障害が、交通事故、スポーツ外傷、転落転倒傷害により人体への衝撃で発症することが近年わずかながら知られてきた。ひと昔前では「むち打ち症」などと曖昧な受傷名で片付けられて受傷の根本要因(受けた撃力)などは何ら注目されない状態であったが、今日では受傷名に変化があったにしても医学者が根本要因まで理解して診断しているかは疑問である。これは交通事故などで受けた撃力と牽連する医学の研究(交通医学)の分野が構築されていない結果である。 
 時には、「脳脊髄液減少症・軽度外傷性脳損傷・高次脳機能障害」などを交通事故が原因か否か、の裁判で医学関連の証書だけで裁判官に判断を求めているが、これは偏重的であり「その人間が受けた衝撃力」を論点としなければ本質的な受傷が見えてこないのである。そのためには、人体の衝撃(力学)などの工学分野と医学分野が融合した「交通医学」の研究を国が率先して行なうべきである。

講演

6月13日、福島市の「コラッセふくしま」で「脳せきずい液減少症患者の集い」が開催されました。私は「交通事故における人間の衝撃耐性」について講演いたしました。

となりの野球少年

 私の家のとなりに、小6と小2の兄弟が住んでいます。二人は地域のソフトボールチームに所属し兄はレギュラーでがんばっています。練習に行くとき、ユニホーム姿で一生懸命に自転車をこいで向かう姿を見ますと何かプレゼントをしたくなり、5月30日、クリネックススタジアム宮城(仙台)での楽天対広島の観戦に連れて行きました。はじめてのプロ野球の試合に驚くことが多くて兄弟で話が弾みました。「となりのひげおやじのプレゼント」に満足したかな。

サムライ放談3・・将棋の世界

5月13日東京地裁立川支部で興味深い判決が示された。それは、将棋の加藤一二三九段(元名人)が、2階建て棟割りの集合住宅に住みながら通路や庭で野良猫の餌を与え続けて、他の住民にふん尿による悪臭や自動車に傷がつくなどの被害を与えた。再三の抗議にも係わらず加藤氏が餌を与え続けたことから住民より提訴されての裁判であった。 
 判決では、「餌付けは原告の人格権を侵害し違法」と指摘し「飼育とは認めず、さまざまな被害を及ぼしている」と認められて、「餌付け差し止めと204万円の賠償金」を認めた住民勝訴の判決であった。 
 私は将棋愛好者であるが、この判決は最も妥当であると考える。時には、子供たちに将棋を教えることがあり、将棋が強くなることの他に、「礼に始まって礼で終わり、負けたら素直に相手にその意志を伝えて、勝ってもおごらず謙虚であり、相手を十分に重んじる。」などの将棋道や人間学を学ばせている。 
 加藤氏は将棋名人になった人物であるが、野良猫に餌を与えることを住民から再三止めるように求められたにも係わらず、続けた行為は単に自らの欲求を満たす行為で正当化されない。多数の者に迷惑を及ぼす行為を続け、裁判で敗訴し、ニュースで知れ渡る状態を招いた加藤氏には将棋道は無縁と言える。また、加藤氏は過去に対局で「待った」をした経緯があり、勝負師(棋士)としては終わった人物である。 
 私は将棋が好きで仲間も多いが、その仲間の声も加藤氏への批判が多く、即刻引退することを望んでいるのは私だけではない。

サムライ放談2・・交通裁判とは

 先般、九州のある地方裁判所で驚くべき判決が示された。この裁判の交通事故は、バイクと軽ワゴン車がカーブ道路で対面衝突した事故であり、ライダーは死亡し、大量の血痕はバイク側車線上に残されその上にバイクは横倒しとなっていた。このような状態は現場写真で確認できるのである。 
 裁判の判決文では、実況見分調書に添付された現場見取図だけをもとに衝突地点は軽ワゴン車側の車線上と判断している。よって、この裁判官の判断は、客観的事実である現場写真や車輌写真を具体的に取り上げて判断したのではなく、人間が手書きで描いた見取図面を優先したのである。
 そこで、「写真」と「人間が手書きで描いた見取図面」の客観性を対比すると、このような現場写真を改ざんすることは先ずあり得ないが、見取図面は担当した警察官が手書きで描いたものであり、事故を説明した者の供述に迎合する描写および主観的かつ恣意的な描写も完全に否定できない。このことから、事故での車輌写真や現場写真は手書き図面よりもはるかに客観性があり証拠性もある。  以上のことは、常識的なことであるが、この裁判官が見取図面だけをより所として衝突地点を軽ワゴン車側車線と判断したことは、「警察官が書いた図面だから間違いがない」との確証バイアス(個人の先入観に基づいて他者を観察し、都合の良い情報や好感をもてる情報だけに注目し集める。それにより自己の先入観を補強するような錯誤の思考)に陥り、最も客観的な現場写真や車輌写真を取り入れていない。一般的な市民感情ならば、無条件に警察の交通捜査を評価することはあり得るが、しかし、裁く立場の者ならば、客観性が疑われる現場図面だけを無条件で取り入れるのではなく、すべてを「ゼロの視点」で観て客観的な事実にもとづく判断が求められることは当然である。 
 それにしても、バイクの転倒地およびライダーの大量血痕地はライダー車線側であるが、軽ワゴン車線側での衝突であると判断されたことに大きな矛盾が残される。この裁判官はそれを無視して何ら応えていない。

テレビ番組の収録

  
4月28日。名古屋の中京テレビの招請により、「週刊 コダワリタイム」番組の出演収録を豊橋で行ないました。番組は、田園地域で見通しの良い十字交差点で事故が多く発生しており、その原因を解析する内容です。愛知、岐阜、三重で5月9日午前6時から放送予定です。
  収録が終わり、豊橋の新幹線ホームで「名将に学ぶ人間学」(童門冬二著)を読んでいると、待合室の向いに、将棋の佐藤康光九段が着座したために読んでいた本にサインをいただきました。さらに、ホームで女流の矢内理恵子四段と鈴木環那初段からもサインをいただき、 将棋好きの私には、思いもよらない褒美となりました。ここに本文を記入してください。