昨年、尖閣諸島での中国船の衝突映像がユーチューブで公開されていろいろと波紋を呼んだ。さて、いまは、北アフリカや中東で長期政権に打倒の動きが強まり、そのデモや集会の映像が同様な手段で世界中に放映されている。このように現代社会は、インターネットによる客観的な事実が瞬時に広まる時代となった。これはその画像を作為的に創作しない以上、その事象に対してだれでも理解できる証拠で不特定多数の者が確認できることになり、画像に基づいて多用な判断ができる時代となった。

ところで、交通事故では相応な破損状態が残される。それを画像化すればその事故状態を物語る客観的証拠となる。しかし、わが国の裁判は基本的に供述優先主義でありその信憑性を問う裁判である。ある高裁の判決では、「Aの弁解に信用性が全く認められないことは、他方で、相対的に、Bの証言の信用性を高めるものである。」と判断している。これならばAの信用性が認められない反作用にてBの信用性を高めることになり、驚くべき内容である。AおよびBの信用性は別々の人間であるため個別の判断となるが、なぜ、このような牽連的な反作用が生まれるのか、あるいは、両者とも信用できないとの判断もあるが、その選択肢が排除されなぜA供述の信用性が高まるのか、この偏向的な判断には大いに疑問がある。


 結局、この偏向思考による判断が生まれる根底は供述主義が優先しておりこのような実態に警鐘が鳴らされている。