3月27日静岡地裁は袴田事件の再審を決定した。注目すべきは、裁判官が「捜査機関による証拠ねつ造の疑いの可能性」を指摘し、さらに拘置の執行も停止したことで袴田巌さんは48年ぶりに拘置所から出所した。
この事件は1966年6月30日、静岡県清水市でみそ製造会社の専務一家4名が殺害および放火された事件であり、被告人とされた袴田巌さんは一貫して無実を訴えてようやく再審の扉が開いた。
私がこの事件でもっとも注目することは、事件から1年2か月過ぎた時点で味噌樽から発見されたとする5点の衣類である。付着した血痕のDNA鑑定の結果では「袴田被告人や被害者以外のもの」と結論が示されたが、現象鑑定を行っている私には1年以上に渡り味噌樽に入り込んでいた衣類が「味噌染状態」がないことである。つまり、現象というものは、人間が故意に作り得るものではなく、まさに自然のなり行きである。加えて、ズボンのサイズは小さいものであり袴田巌さんが着用できなかったのであり整合性がない。
また、5点の衣類が事件直後の捜査では発見されずに、1年過ぎた時点でなぜ発見できたのか?不自然である。結局、自白を強制し物証に乏しい状態に危機感を持った者が、ねつ造したと推察できる。
このような無実を訴えてそして再審で無罪判決が示された事件に私は注目してきた。そのたびに「冤罪」という二文字が浮かび上がるが、このような冤罪には捜査機関が先入観や固定観念で捜査しその誤りを改めない体質と、その捜査に対して潜在的な肯定観だけを持った司法がその都度迷走判決を示しているが、裁きこそが「ゼロの視点」と指摘する。